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神戸地方裁判所 平成9年(ワ)908号 判決 1998年9月24日

原告

崎久保彰

被告

青山晋

主文

一  被告は、原告に対し、四七一七万七三〇〇円及びこれに対する平成四年四月一五日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告の、各負担とする。

四  この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の求めた裁判

被告は、原告に対し、七三五〇万三五二〇円及びこれに対する平成四年四月一五日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、後記交通事故(以下「本件事故」という。)により傷害を負った原告が、被告に対し、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき、損害賠償を求めた事案である。

二  争いがない事実

1  本件事故の発生

(一) 発生日時 平成四年四月一五日午前一〇時二五分ころ

(二) 発生場所 神戸市垂水区本多聞三丁目七番一四号先市道

(三) 争いのない範囲の事故態様

被告が市道上に停車していた被告車両(普通乗用車)を発進させる際、誤って後進させてしまったため、同市道上を被告車両に背を向けて歩行中の原告に後ろから被告車両を衝突させ、車の下に巻き込み、引きずった。

2  原告の負傷

(一) 原告(昭和三五年一〇月生)は右事故により、<1>左下腿開放骨折、<2>右股関節脱臼骨折、<3>左股関節脱臼、<4>左鎖骨骨折、<5>右座骨左恥骨骨折の傷害を受け、入通院治療を経て、平成七年五月三一日症状固定の診断を受けた。

(二) 原告の後遺障害について、任意保険会社の神戸調査事務所により、平成七年九月二八日、事前等級認定として、

(1) 右足関節機能傷害(昭和五三年の交通事故による後遺障害である。)は一〇級一一号

(2) 右股関節の機能障害は一二級七号

(3) 左鎖骨変形は一二級五号

(4) 骨盤骨変形は一二級五号

にそれぞれ該当し、(1)と(2)の併合により九級相当、(3)と(4)の併合により一一級相当、以上により併合八級該当との事前認定を受けた。

(三) 原告は、右のとおり、一四年前の昭和五三年三月三〇日の交通事故により、右足に後遺障害があると認定されたことがある。

3  治療経過

原告は、

(一) 平成四年四月一五日から同年五月八日まで二四日間、明舞中央病院に、

(二) 同年五月八日から同年一二月一二日まで二一九日間、兵庫県リハビリテーション中央病院に、

それぞれ入院し(計二四二日間)、

(三) 同年一二月一三日から平成七年五月三一日(症状固定診断日)まで、同病院に通院した(九〇〇日間のうち実通院日数二七八日)。

4  被告の責任

被告は、自賠法三条に基づき、原告が負傷したことにより被った損害を賠償する責任がある(被告は、被告車両の保有者であることを否認するが、運行供用者であることは明らかに争わない。)。

第三争点と当事者の主張

一  原告の後遺障害の程度

1  原告

(一) 本件事故により負った右股関節脱臼骨折により、右股関節は、大腿骨骨頭壊死が進行中であり、近い将来、関節固定術または人口関節装着の手術を要すると診断され、しかも症状固定時から手術適応がある、とされている。

これにより右股関節はすでに用廃と見るべきであり、自賠責後遺障害等級表八級七号に該当する。

(二) 一七歳時の事故による後遺障害は、症状固定後数年で影響はなくなり、足関節には、既に機能障害を残していなかったから、既往障害と見るべきではなく、逸失利益算定上考慮すべきではない。

(三) 従って、右股関節用廃により八級七号とし、(3)左鎖骨変形、(4)骨盤骨変形の併合一一級と併合して七級相当と見るのが相当である。

2  被告

(一) 右股関節について、近い将来手術が必要であるとしても、少なくとも現時点ではその手術を施行しておらず、原告が同関節をかばいながらも機能しているのであって、用を廃したものとは言えない。将来手術をするにしても、二つの手術のうちいずれを選ぶのかも確定せず、その時期も不明である。現に生じている股関節機能障害の限度で損害が確定していると見るべきである。将来手術を行い、用を廃した場合には、その時点で、考えるべきである。

仮に現時点で将来のことまですべて算定するというのであれば、不確定要素が大きいので、将来の不確定要素は慰謝料の増額要素としてのみ考慮すべきである。

(二) 原告は一七歳時の昭和五三年三月三〇日に交通事故にあって、右下腿開放骨折の傷害を負い、後遺障害として、(1)右足関節の運動可能域が健側の同域の二分の一に制限されているとして一〇級一一号と認定されたほか、(2)骨折の短縮癒合により右下肢に五cmの短縮があるとして八級五号に該当するとされ、併合して七級と認定されており、それに応じた補償を得た。

原告の本件事故後の右下肢の後遺障害は、これらの既存傷害の全部と本件事故で認定された右股関節の機能障害とがあいまって形成されているというべきである。原告は前事故による後遺障害は症状固定後数年で影響はなくなったというが、後遺障害の内容から考えて信用しがたいし、仮にそうであったとしても、潜在化したに過ぎず、前事故による後遺障害(併合七級)は現時点における後遺障害に影響している。既往障害の影響は本件事故による後遺障害の逸失利益を考えるに当たって差し引かれるべきである。

(三) 本件で認定された(3)左鎖骨変形、(4)骨盤骨変形は原告の運動機能にさしたる影響がなく、後遺障害による逸失利益を考えるに当たって特に考慮する必要はない。

二  原告の損害

1  原告

原告の損害は、別紙損害計算表中の、請求欄記載のとおりである。

2  被告

別紙計算表中の認否欄のとおりである。

原告は、本件負傷による入通院期間中は任意保険により収入の填補を得た。症状固定後も勤務先から給与の支給を受けていて減収はなく、平成九年五月からの実際の賃金カットによる減収は、三〇%強に止まっている。デスクワークにより後遺障害による影響を少なくすることも可能であり、前事故の後遺障害による影響も考えれば、本件事故の後遺障害による労働能力喪失率は二〇%程度とするのが相当である。

被告は、損害填補として、治療費、収入補填のほか、原告に五〇万円を交付した。

第四争点に対する判断

一  争点1(後遺障害の程度)について

1  現在の症状

原告は、前記のとおり、平成七年五月三一日症状固定との診断を受けたが、甲二、原告本人によると、残存する症状は次のとおりである。

自覚症状として、右臀部の痺れ、左膝部痛、右股関節の歩行時痛を訴えている。運動時に限らず、就寝中にも鈍痛があり、眠れないこともある。

他覚的所見として、(1) 左膝の変形癒合による座位時の疼痛、(2) 右股関節の可動域制限と運動時痛が認められた。

他覚症状としては、

上肢、下肢及び手指、足指の障害として、

イ 右股関節脱臼骨折を原因とする右下肢の短縮(右下肢長八〇cm、左下肢長八三cm)

ロ 左鎖骨仮関節

ハ 左膝変形癒合

ニ 関節機能障害としては、

股関節 屈曲 右八五度、左一一〇度、

進展 右一〇度、左二五度、

内転 右一〇度、左一〇度、

外転 右一五度、左二五度

という運動制限が見られたが、膝関節は左右とも屈曲一四五度、進展〇度、足関節は左右とも背屈一〇度、底屈五〇度と正常域にあった。

2  股関節の再手術の見込み

甲七、一〇(いずれも主治医である高田医師の意見書)、原告本人によると、次の事実が認められる。

原告の右股関節は症状固定後も、大腿骨骨頭が壊死変化を続けている。平成八年一月二四日のカルテに「六年一〇月と比べて大きな変化なし」としているのは、壊死の進行が止まったという意味ではなく、厳密な計測をしていない、というほどの意味であって、平成六年一〇月撮影のMRI写真と、平成一〇年六月撮影のそれとでは、壊死部分の広がりは明らかである。

壊死そのものを治療する方法はなく、近い将来に手術が必要である。原告の場合は、骨頭の受皿にあたる臼蓋部側でも骨折を起こして変形しているので、骨頭への骨移植等の方法はあまり効果がなく、関節固定術または人工関節置換術のいずれかを実施するほかない。関節固定術とは文字通り関節を物理的に固定してしまう方法で、関節の可動性を犠牲にして、関節病変の鎮静、関節痛の除去、関節の安定性、支持性を獲得しようとするものであり、人工関節置換術は人工関節に置き換える方法である。いずれの手術も大手術であり、前者は関節機能を全く喪失させるものであり、後者は拒絶反応もあり、あまり負荷をかけることができず、重いものが持てなくなるという弊害があって十分なものではないうえ、一〇数年後には新しい人工関節と入れ換える手術をしなければならない。

骨頭壊死がどのていどまで進行したときに手術をしなければならないかという基準はなく、既に症状固定のときから手術適応ではある。原告の関節痛は壊死の進行とともに増悪してくるので、痛くて我慢ができない時期が到来すれば、原告の意向を勘案して、いずれかの手術を行うことになる。

関節固定術は入院期間五か月ほどを要し、手術費用、入院費用等で約五〇〇万円を要すると思われる。

原告としては、人工関節置換術を希望しているが、耐用年数に限りがあるなど弊害があり、少しでも遅らせた方がよいので、何とか動けるうちは手術をせずにいたいとの意向である。

3  以前の事故と後遺症

甲八の1、2、乙六、原告本人によると、次のとおり認められる。

原告は、昭和五三年、高校生であった一七歳の時に交通事故にあい、右下腿骨開放骨折の傷害を負い、昭和五七年八月(二一歳時)に症状固定したものとされた。下腿骨の短縮癒合により右下肢に五cmの短縮を生じて後遺障害等級八級五号に、右足関節の運動可能領域が健側の二分の一以下に制限されていて機能回復は今後ともないものと思われるとの医師の診断に基づいて一〇級一一号に、それぞれ該当するとして併合七級と認定され、それに相応する損害補填を受けた。

もっとも、原告は前事故の症状が固定してから数年で、下肢の短縮による違和感もなくなり、足関節の機能障害は感じなくなっていた。高卒後ずっと水道工事の現場業務に就いていたが、作業にも支障がなく、野球等のスポーツも行っていた。近年はモーターサイクルスポーツ(オートバイのレース等)に熱中しており、平成三年にはそのレースにも何度か出場したほどである。オートバイを操縦するには、足首を使って素早く強くシフトチェンジしなければならないし、レース中は足首を強く曲げてステップに乗せていなければならないが、支障は感じていなかった。

4  右認定のとおり、右股関節脱臼骨折により、股関節部の骨頭の壊死が進行しているけれども、現に用を廃していない以上、既に用を廃したのと同視することはできない。

このような場合、被告の主張する如く、現状に応じて損害認定を行うべきであって、将来手術を実施したときは、改めて、損害填補を考慮すればよい、との対応も考えられるが、既に手術適応の状態にあり、いずれは、手術をする必要があることが確実である以上は、原告においてその手術費用を確保しておく必要はあるし、逆に手術後に改めて損害賠償請求する方法が確定している訳でもない。また原告が、痛みを堪えることによって手術を先に延ばし、もって現実の損害の発生を抑制することができたとしても、本人の努力によるものと評価すべきであって、実現することになるであろう状況にできる限り近い状況を想定して、その場合の原告の損害を検討するものとし、その限りで既に手術を受けたと同様の状態に陥っているものとして、損害を算定しても、妥当性を失わないものと解する。

5  もっとも、本件においては、実施される可能性のある手術は一種ではない。そのうち関節固定術が行われると、下肢の三大関節の一である股関節の用を廃することになると言えようが、原告が希望している人工関節置換術では、重たい物を持てない等の様々な制約はあるものの、関節機能は相当程度維持されるものと解され(そうでないと意味がない。)、現状の股関節機能が障害されている状態に比べて、その稼働能力においてどれほど差異を生ずるのかは不明であって、少なくとも股関節の用を廃すると評価される程には至らないものと推定される。

そうであれば、原告の右股関節の後遺症は、自賠責後遺障害等級表八級にいう「一下肢の三大関節中の一の用を廃したもの」に当たるものとは言うことはできず、結局、現状と同様に、同表一〇級の「一下肢の三大関節中の一の機能に著しい障害を残すもの」に当たるに止まると解するべきである。そして、以前の事故による後遺症としての一下肢の短縮があり(前記イの右下肢の三cmの短縮は、本件事故によるものではなく、前回事故の後遺症として存在した五cmの短縮が回復していたものと解される。)、ロの左鎖骨仮関節及びハの左膝変形癒合は、それぞれ自動車損害賠償保障法後遺障害等級一二級五号にあたり、これらは併合して、同表八級に当たるものと解するのが相当である。

そして、将来人工関節置換術を受ける必要があるものの、その時期がいつになるかは不明であるうえ(中間利息の控除内容を決められない。)、その手術に要する入通院期間も不明であり(甲七は関節固定術については五か月とするのみである。)、それに要する費用も不明であって(甲七は、関節固定術は五〇〇万円というのみである。)、その手術の結果どの程度障害の拡大があり、労働能力が失われるかも判然としないこと、人工関節自体はいずれ取り替えなければならないとしても、一〇数年後というのであって、予測が難しいことなどの事情を考慮すれば、具体的な損害を算定することは事実上不可能というほかなく、これらの事情は、慰謝料の算定に当たって考慮することとする。

6  原告の今回の事故後の後遺障害は、前記のとおりであるが、既往症としての一七年前の後遺障害は、足関節の障害が機能回復することはないだろうとの医師の見解であったにもかかわらず、原告にとって意識しなくてもよいほどに軽減していたというのであるから、潜在化していたものというほかない。そしてその影響は、今回の事故による傷害及び後遺障害の一因となっているものと推定される。すなわち、前事故後の後遺症で認定された足関節の障害は、原告のオートバイ運転に見られるように軽減していたものと窺えるが、前事故では今回と同じ右下肢に五cmもの短縮が発生したと認定されていたのであって、このように大きな短縮は、今回の事故後の計測では三cm程度の短縮に縮まっていたとはいえ、同じ下肢における股関節の機能障害や骨頭壊死に影響していないとは考えられない。

ただ、右認定のとおり、原告の日常生活や労働には影響するほどではなくなっていたと認められるから、前回の後遺障害は、原告の素因となって、今回残った後遺障害に二〇%程度の寄与をしているに止まるものとし、後遺障害による逸失利益、後遺障害に対する慰謝料及び後遺障害の変形である再手術に関連する慰謝料を算定する場合に限って、過失相殺の法理を類推適用して、減額することとする。

二  争点2(損害)について

1  入院雑費

入院雑費については、一日当たり一三〇〇円が相当で、のべ入院日数二四二日で合計三一万四六〇〇円となることは当事者間に争いがない。

2  入院中の看護費

原告の受傷からして、平成四年四月一五日から七月三一日まで計一〇八日間が要看護期間であったことは当事者間に争いがない。弁論の全趣旨によると、この間、原告の近親者(実母及び当時婚約中であった現在の妻亜矢)が交互に毎日看護に当たったことが認められる。そうすると、一日単価四五〇〇円で、合計四八万六〇〇〇円が本件事故と相当因果関係のある損害と認めるのを相当とする。

3  退院後の看護費

原告が退院後も松葉杖を使って移動するのを余儀なくされていたこと、通院及び食事の世話を当時婚約中であった現在の妻亜矢が行ったこと、この看護費として、週二回、合計七二回について、一回当たり、亜矢の休業損害八七〇〇円と交通費七六〇円の割合で相当因果関係ある損害と言えることは当事者間に争いがない。合計六八万一一二〇円となる。

4  休業損害

(一) 甲五、一一、乙一の2ないし24、原告本人によると、次のとおり認められる。

原告は、高校卒業後、ずっと池永工業という水道工事業者に勤務した後、独立するために同社を辞めたが、その直後の平成四年三月から、大阪ガスの認定工事業者であるミツワテック株式会社(以下「訴外会社」という。)に、水道工事の現場監督の資格を有する水道工事管理士として招かれ、給与年額五〇〇万円(月額給与三五万円、賞与八〇万円)の約で勤務することになった。ところが一度月額給与を受け取っただけで、本件事故に遇ってしまい、勤務できなくなった。これに対して、被告の加入する任意保険会社が訴外会社に支払い、訴外会社から原告に支給する形で、平成六年六月三〇日までは訴外会社における約定の給与全額が支払われた。同年七月一日から原告は復職したが、満足な仕事ができないため、訴外会社が約定給与の半額を負担し、半額は任意保険が負担した。任意保険からの支給額は、平成七年九月までで合計一四〇八万八三三四円であった。だが、平成八年一月からは、訴外会社が給与全額を負担している。

原告の仕事は、水道工事の現場監督として、現場において、工事方法を決め、進み具合を見分しながら作業員に指示して工事を完成させるものであり、足場の不安定な所を行き来しなければならず、また、自ら水道管を持ち運んだり、掘った穴に下りて行って水道管の接合具合を点検して、作業員に修正を指示したり自らが修正したりしなければならないものである。ところが、本件後遺障害のため、十分に歩行できず、股関節に負荷をかけるような姿勢を取ったり、重い物を持ったりできない。このため訴外会社は、原告に補助者を付けて二人で現場監督をさせ、補助者が、現場を見分し、これを報告して、原告の指示を仰ぐほか、物を運ぶなどしている。原告は管理士としての業務を十分に果たせないだけでなく、補助者に対する給与が余分にかかることになるため、訴外会社は、平成九年四月から年額給与を、(補助者に対する給与を全額控除すると、四〇%の減給となってしまうので、少な目に)およそ三〇%減額することにし、原告もこれに従った。

(二) 右によると、結局平成九年四月から減給されるまでは、原告の減収による損害は既に補填され、それ以降についてのみ、現実に三〇%の減収という損害を生じたことになる。

もっとも、甲一一によると、この間、原告の昇給額は毎年一月から月額一万円づつであって、この額は、同じ営業所に勤務する男子全従業員の平均昇給額に比較すると若干少ないことが認められるが、訴外会社の男子従業員全体の平均昇給額は、各年毎に、一万〇三四一円、九八三三円、一万一六六六円であるというのであって、原告の昇給額が一概に他より少ないとは言い切れず、元の給与額が似かよっている、比較に適当な昇給例も不明であって、本件受傷による損害として認定できるほどの減収とは言えない。

(三) 従って、原告は、平成七年五月三一日に症状固定との診断を受けたものであるが、それまでの期間の休業による損害については、既に填補を受けたことになる。

5  後遺障害による逸失利益

原告は昭和三五年一〇月生で、平成七年五月三一日の症状固定時において、三四歳であった。そして、前記認定の後遺障害の状況や、原告の復職後の収入等から見て、後遺障害による労働能力逸失率は、現在において、四五%と見るのが相当である。

ただ、既に認定したとおり、現実には、平成九年三月(三七歳)までは、減収の損害は生じていない。その後今日までは、右に認定したとおり、三〇%の減給にとどまっているが、原告の稼働能力や執務状況から見て、さらなる減給あるいは解雇といった事態を迎えるおそれは現実的なものであると言える(訴外会社も、補助者を要する勤務形態は能率的なものではなく、いつまで続けられるか分からない、という。甲一一)。そうすると、今日までの減収が三〇%に止まっているのは、原告自身の努力によるものとして、損害算定に当たっては考慮しないこととし、平成九年四月以降、四五%の減収を生じ、生涯それが続くものとして、算定するのが相当である。

そこで、平均稼働年齢からして、事故五年後の平成九年四月の三七歳時から六七歳までの三〇年間稼働できるものとして、新ホフマン係数により中間利息を控除すると、後遺症による逸失利益総額の事故時の現在価は、次のとおり、三四九九万四四七五円となり、この金額に前記のとおり、前回の後遺症による二〇%の減額をすると、二七九九万五五八〇円となる。

5,000,000×0.45×(19.9174-4.3643)=34,994,475

34,994,475×(1-0.2)=27,995,580

6  慰謝料

(一) 傷害慰謝料

前記のとおりの傷害の程度、入通院状況、家族らの看護などの事情を総合すると、二七〇万円をもって相当とする。

(二) 後遺障害慰謝料

そして、前記認定の本件事故の態様、原告の傷害の部位・程度、入通院期間、その他、本件に現れた一切の事情を考慮すると、本件事故によって原告に生じた精神的苦痛を慰藉するには、七〇〇万円をもって相当とし、前記のとおり前回の事故による後遺症の症状と程度からして、その二〇%を減じた五六〇万円が本件事故と因果関係のある損害と言える。

(三) その他、再度手術を受ける必要があるものの、人工関節置換術でも、術後の股関節の可動能力は、現在の状態よりは、運動領域にしろ、負荷量にしろ、制約が大きくなると推定されること、重大な手術で、かなりの期間入院をよぎなくされ、かつ手術費用の負担も(原告の加入する健康保険から給付される部分も相当あると予想できるものの)、かなりの額に上ると推定されること、ただ、この手術は、何年後に必要となるのかは不明であることなどの事情を総合すると、さらに、慰謝料として八〇〇万円を増額するのが相当であるが、前回の後遺障害による素因減額をすると、六四〇万円が、本件事故と相当因果関係のある損害ということになる。

7  小計

以上によると、原告が本件事故により被った損害の賠償を求め得る金額は、合計四四一七万七三〇四円となる。

8  損害填補

被告が、原告の休業期間中の収入の填補として、合計一四〇八万八三三〇円を訴外会社に支払う方法で原告に弁済したことは前記のとおりであるが、原告はこの期間の減収について、その損害賠償請求をしていないから、以上に認定した損害に充当するのは相当ではない。

このほか、被告(任意保険会社)が原告に直接渡す方法で、五〇万円を支払ったことが乙一の1により認められるから、これを、右に認定した損害額に充当すると、残金は金四三六七万七三〇〇円となる。

9  弁護士費用

原告が本件訴訟の提起遂行を原告訴訟代理人らに委任したことは当裁判所に顕著であり、本件事故の内容、訴訟の経過及び認容額その他諸般の事情を考慮し、本件事故と相当因果関係のある損害として三五〇万円を認容することとする。

三  まとめ

以上のとおりであって、原告が請求しうる損害額は、合計四七一七万七三〇〇円と認められる。

よって、右とそれに対する遅延損害金の限度で原告の請求は理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六四条本文を、仮執行宣言につき同法二五九条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 下司正明)

(別紙)損害計算表

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